「親ができるのは『ほんの少しばかり』のこと」

次女は小学5年生。
「自分」を確立させていく入口にいるようだ。
学校に行ったり、行かなかったり。

うまく言葉にできないようだが、
学校という組織や同級生たちと、自分との間に「距離」を感じているようだ。
その「距離」がなんなのか?
それを自分のなかで大事に育てながら成長していけば、
おもしろく生きていけそうだなぁーと思う。


一方、長女は中学年3年生。
最近、通学途中の電車の中では、小説を読むのに夢中なようだ。
「でもなぁ、『私ってなに?』みたいなもんを読むとすぐ寝てしまうねん」。

「なるほどなぁー。たしかに僕の周りにもそんなこと考えもしないで、
平然と生きていけるヤツがいる。それはそれで、うらやましいと思うわー」
この長女、思春期真っただ中なはずなのに、その「複雑さ」はほとんど感じない。
「学校休むの大嫌い」少女なのだ。


ぼくは次女に近かったような気がする。

小学5年生の時、児童会の書記という役に選出された。
選挙といっても、先生たちがなかばお膳立てをするわけだが、
5年生がなれる唯一の役員ポストで、
6年になった時の会長候補と目される子どもがなるのだ。

だが翌年、ぼくは会長選挙に立候補しなかった。
担任の先生にも、校長先生にも説得され、
親まで呼び出されたが、最後まで拒否した。


きっとその時のぼくは、大人たちが納得するような言葉は
発することができなかったと思う。


大人たちの過大な期待に応え続けること、
自分ではない他人が決めようとする枠の中に居続けること、
予定調和的な路線に乗ること、
そんなことに「NO」と言いたかったのだと。

いま振り返るとそんなことだったのだろう。



それ以降、ぼくは自分自身の足で歩いてきたのだと思う。
「期待」に応えなかった自省も含めた、たくさんの迷いを背負いながら。

でも、この時の行動がいまの「ぼく」の原点なのだと、いまでも時々に思い出す。


娘たちに語るべきことは、山ほどある。
でも、どう考え、どんなふうに歩いていくかは、自分が決めること。

「親ができるのは『ほんの少しばかり』のこと」(山田太一)なのだ。
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by mesonbox1 | 2011-10-26 12:28