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多数派ぎらいの責任のとり方。

幼い頃から、「多数派」に所属することが苦手だった。

クラスで「あの子がきらい」という雰囲気が蔓延してくると、「あの子」と遊んでいたり、
進学や進路を決めるときも、その学校で「ありがち」な選択を避けるように決めたりしていた。

そのせいか政治の場面でも「現状じゃないほう」、
つまり少数派を選択することが自然なことだったのだ。




しばらく前まで、どんな場に顔を出しても最年少だったと思っていたのに、
いつの間にか最年長になる場が増えてきた。

以前は、「今の政治は…」とか「今の世の中は…」なんて、
気軽に他人のせいに、つまりは「多数派の人たち」の責任にしてきたのだが、
若い世代からすれば、そんな現状を作ってきた「大人の責任」なのだと気づきだしたのだ。

もちろん「大人」のど真ん中に、ぼくはいる。
つまり「今」は、誰でもないぼくたちの選択の結果なのだ。



僕たちが生きていることや、僕たちの仕事が、
これからが少しでも楽しく、幸せにつながるようになればと願う。

もっと社会的な影響力を持たないと、その責任を果たせないとも思う。


でも多数派という「量」ではなく、「スタンダードをつくりあげる」という角度で挑みたい。
それが、「多数派ぎらい」と「責任」との、ぼくなりの結び目なのだ。
by mesonbox1 | 2011-10-18 11:09