京大式カード?

「梅棹忠夫」って方、ご存知だろうか?

日本における文化人類学のパイオニアで、『知的生産の技術』の著者。
「情報産業」の名付け親ともいわれている人物だ。


僕自身、学生時代に『知的生産の技術』を読んだ程度なのだが、
いつも大きくて、真っ黒なサングラスをかけている知的な姿に、謎めいた関心があった。


大阪万博記念公園内にある、
国立民族学博物館の館長を長年勤められてきたが、
いまそこで、「ウメサオタダオ展」が開かれている。
http://www.minpaku.ac.jp/special/umesao/

会場に着くと、ちょうど博物館の教授によるガイドツアーが始まった。
業績のほとんどを知らない僕には、ありがたい。

そこで紹介されていたのが、「京大式カード」
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/1009/15/news054.html

なんの変哲もないB6のカードなのだが、
膨大な情報を整理していく手段として、
梅棹さんが確立した方法の一つなのだ。


「このカード、以前使ってたなぁ」

『知的生産の技術』を読んだだけの学生は、
実はこんな影響を受けていたことを思い出した。

当時、なんの研究テーマもなかったが、
濫読していた本の中から、
残しておきたい文章を書き写していたのだ。

数年前にそのカードが出てきたが、
内容が恥ずかしくて、処分してしまった。


でも、そのうちの一つだけは、記憶に残っている。

それがこの文章だ。

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人間は完全なる存在ではないのだ。

不完全さをいつも背負っている。

人間の存在価値は完全であることにあるのではなく、

不完全でありその不完全さを

克服しようとするところにあるのだ。

人間は未熟なのである。

個々の人間の持つ不完全さはいろいろあるにしても、

人間がその不完全さを克服しようとする時点では、

それぞれの人間は同じ価値を持つ。

そこには生命の発露があるのだ。



『二十歳の原点』高野悦子
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by mesonbox1 | 2011-05-27 10:50