Meson Mail

meson.exblog.jp ブログトップ

ねじれた父親に似てしまったのか?

次女は、中学校3年生。
地元の小学校を卒業し、そのまま地元の中学校に進学させました。

長女とは明らかに違ったタイプの人間に育っていくのをみて、
違う進路がふさわしいんじゃないかと考えたからです。

学校でのわずかな「ボタンの掛け違い」で、
2年ほど通学していません。

そんな自分を新たな場で、完全リセットしたいんでしょう。
中2の頃から「この高校へ行きたい」と、受験準備を始めています。


長女は、この父親のもとで育ったとは思えないぐらい、
まっすぐな感じなのですが、
次女には「ねじれ」が入ります。
ねじれ具合は、ぼくに似ているような気がします。

「ねじれ」の先輩からすると、
ときに「生きづらさ」に遭遇することがあります。
(誰しもそうなんだとおもいますけど)
その分、楽しく生きていける可能性も、大きいのではないかとも思います。


ぼくにも、学校に行くのがとてもつらい時期がありました。
いまから思うと、その当時は「学校に行かない」という選択肢が、
社会になかったように思います。

ですから、本人の「学校に行けてない」という「後ろめたさ」を横におけば、
実は少しうらやましさすら感じます。

学校に行かないという選択をしていたら、
もう少しまともな人間になっていたのかもなぁーとか。


次女が進学を望んでいる学校も京都にあるので、
進学後は長女と同居させ、
「二人で暮らして行け!」と宣言してあります。


二人が、この社会の中で、どんなポジションで生きていくのか、
ねじれた父親は、ちょっとだけ楽しみです。




[PR]
by mesonbox1 | 2015-09-25 12:43